最近は、女性も男性差別を主張するようになっている。だが、そこにある男性差別観に疑いのまなざしを向ける必要がある。
【第2回】語られざる男性差別,男性に“職業選択の自由”はあるのか、という記事がある。その記事の著者である治部れんげ記者は、男女のキャリアについて調査をしていると書いている。
治部れんげ記者がそこで書いてあることは、ウェブ上で言われている男性差別の指摘を見回すと、当たり前のことを言っているだけである。男を粗大ゴミと言うのが問題であるのは、男女のキャリアについて調査をしている人ではなく、一般のジェンダーに関心のない女性であっても疑問に思うことだ。保守派女性のブログを見ても、女たちの一方的な批判を疑問視している書き込みもあるくらいだ。
その記事の2頁目に、The Myth of Male Power(Warren Farrell著、Simon &Schuster、1993年)のことがあり、治部れんげ記者は以下のことを書いている。
ファレル氏は、男性の命は「捨てられてもいいもの」と見なされており、これは差別ではないか、と説く。ホームレスや囚人の死亡者数も男性が圧倒的に多い。もともとホームレスや囚人は男性が多いためだが、男性がこうした状況に陥りやすいということ自体、ファレル氏に言わせれば差別ということになる。
こういう指摘はウェブ上を見渡せば数多くあるもので、だからどうするのか?ということが重要だが、その先のことは全く書いていない。
治部れんげ記者の男性差別観はどういうものなのか。【第3回】「女性活用」のウソを見抜く,「ワークライフバランス企業」の「本気度」という記事がある。そこで、男性の育児休暇によって女性も働きやすくなることが書いてある。企業は男性の育児休暇にもっと積極的にということだ。
男性の育児休暇を主張する女性は、育児休暇を男性が取れないのは男性差別だと言うことがある。だが、それは本当に男性に対する差別と思って言っているのか。そうではなくて、女性の社会進出をもっと促進したいために、男たちをダシに使っているのではないのか。
私が男性差別に懐疑的なのは狭量なフェミニストたちや、それに類する者たちに、男性差別主張が吸収されて利用されるのではないかと疑っているからだ。
治部れんげ記者の男性差別観をさらに探ってみる。「男性の命は「捨てられてもいいもの」と見なされており、これは差別ではないか、と説く」ということを受けて、治部れんげ記者はどう応答するのか。ここが重要だ。
治部れんげ記者は、こう言いたいのだろうか。「男のくせに根性がないなどの男社会の男らしさの束縛が男性を苦しめている。男らしさの縛りがなくなれば、男性の命が軽く扱われることはなくなる」と。
その種の主張には、根拠がないことを以下に書いている。
「男女の自殺率格差とジェンダー:女性が周縁・他者になる理由」
男社会の傾向が強かった時代のほうが男女の自殺率格差が小さかった。男女の自殺率格差問題がある現在の日本は、以前よりも男らしさが批判され、女性の社会進出が進んでいるのに、男性の人命問題が考えられていない。
女性の管理職がまだ少ないからという批判もあるだろう。それは間違っている。男女共同参画を推進してきたのは女たちであり、その男女共同参画局が女性には「生涯を通じた女性の健康支援」の予算を設けるが、男性の人命問題には一円の予算も付けていないのだ。
これは「ポスターや冊子などの紙切れ一枚よりも、男の命のほうが軽いのだから」と、女たちが主導してきた男女共同参画局が言っていることを意味する。女が発言権を得ても、男の命の軽さの扱われようは何も変わらなかった。保守派の男たちと同じことをしていることが明らかになったのだ。
企業での女性差別については以下の記事。
「企業で女性差別が起こる根源的な理由」
治部れんげ記者は、これらを考えてどう応答するのか。これらを考えると「男社会の男らしさに問題があるから、それを是正するために女性の社会進出を促進するべき」という主張はできない。
治部れんげ記者のような男女のキャリアについて調査をしていて、男性差別を主張するような女性には、男性の人命問題に応答することは耐えられないものかもしれない。
男性の人命問題は、男社会を問題視すればいいという単純なものではないからだ。
「男社会の男らしさでもなく、女性の社会進出でもなく、他の理由が考えられる男性の人命問題」を、女性の社会進出対策のダシに男性の人命問題を使ってきた「進歩的」女性たち。
「男社会の男らしさが悪いのだから、女性の社会進出対策をすれば男性の人命問題も解決!」というのは胡散臭さの極みだ。これは男性の人命を虫ケラのように考えている。このような考えがジェンダー分業を強化し、企業での女性差別促進につながることは「企業で女性差別が起こる根源的な理由」に書いている。
人命問題は人権の最重要項目だ。これに比べれば、本来は些細な女性問題ばかりが主張されている。男性の人命問題を無視する連中に女性の人権を考えろと言われても、何の説得力もなければ、矛盾していること甚だしい。
「進歩的」女性の男性差別観は、男性の人命問題への応答でその真価が問われる。
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