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2008/09/08|

 男女の自殺率格差問題は対策がないから予算なし

男女共同参画局は「生涯を通じた女性の健康支援」の予算を設けている。だが、男性の人命問題の予算は全くない。この理由に「男性の人命問題は有効な対策がないから予算の付けようがない」があるのだろうか。

男女の自殺率格差問題は生物学的性差の本質主義かに書いているように、自殺問題は「防ぐことのできる公衆衛生上の問題」だ。男女の自殺率格差は性差医療の観点から応用できる。

「男性の人命問題は対策がないから予算がない」と言うのは「対策する気がない」と言っているのと同じである。

男女の自殺率格差問題はどうやって対策すればいいのか分からないという理由もあるのだろう。だが、分からないからと言ってもやれることはある。男女の自殺率格差は3倍くらい開いていることを問題視するための何らの対策もできないというのか。

今までどうやって対策すればいいのか分からないことがあっても、何とか対策案を練り出し、法律で強制してまで推進してきた。それが男女平等政策ではなかったのか。積極的是正措置の女性枠を法律で強制できないのかとまで言われている。

そのようなことまで考えながら「男性の人命問題はどうやって対策すればいいのか分からない」では済まない。

そもそも、女性枠の問題があるのはなぜか。女性の社会進出が進んでいないからだとされている。その理由は何か。企業で女性差別が起こる根源的な理由に書いている。

その理由を放置して女性枠を先に優先するのは、本末転倒という他ない。人命という最も重要な人権問題で「対策がないから予算がない」で済ませて、全く予算を付けないままでいる。

各地域の男女共同参画局にポスターや冊子を作るように呼びかけることもできないというのか。どれだけ男の命は女の命に比べれば軽く扱われているのだろうか。男女共同参画局は、男の命など計り知れないほどに価値がないと言っている。

男女共同参画局を主導してきたのは、女たちであって男ではない。他の分野では男が指導的地位に付いていても、フェミニズムやジェンダーの分野では女が指導的地位に付いている。フェミニズムやジェンダーの分野では、男は指導的地位の女の顔色を伺いながら発言をしている。

男女共同参画局が間違いなく男の命など虫ケラのゴミの山のようだと言っているのであって、これを主導してきたのは間違いなく女たちだ。男たちはその女たちの決定に従ってきた。だが、男女共同参画局がしてきたのは、保守派の男たちと結果的には同じだった。

「男性の人命問題は有効な対策がないから予算の付けようがない」と言って、男女共同参画局が予算を全く付けないのは、他のどうやって対策をすればいいのか分からないことであっても対策をしてきたこととは、明らかに矛盾することだ。

その矛盾することを人命問題という最も重要な人権問題でしている。

「男性の人命問題は有効な対策がないから予算の付けようがない」と言う者たちは、「予算は付ける気がない。男の命はゴミだから」とはっきりと本音で言ったらどうなのか。


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